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今さら。ヤストのやりかけ練習帳

文章を書けない男が、書く習慣をつけようとするブログ。

1300字書きます。

1300字書きます。

昨日に続いてタナベマモルさんの『プレイボーイのうた』です。

気になったので久しぶりに歌詞を見返してみました。曲を聴いてみました。
どんだけありがたいねん、インターネット!
どんだけありがたいねん、youtube

で、その結果気づいたことがあります。
「なんか、思ってたのと違う」
僕はこの曲をざっくり「オモロ切ない青春あるあるソング」みたいな感じでとらえていました。けれどそんなものではないのです。

曲の後半から趣きが変わってきます。

“初めて僕の言葉を聞いてくれる娘に出会った、無口といわれていた僕がたくさんしゃべった、優しいとかマメだからとかそういうことではなく、好きといわれてようやく僕は僕になれた気がした、アッコ”

主人公は誰かと同じ時間を過ごすことの幸せやありがたみを感じとれるようになっています。

“初めて愛がわかった彼女と暮らし始めて、愛は決して消えない、ヒビが入ることはあっても、洗濯物を干しながら、掃除機をかけながら、生活という愛の住みかをメンテナンスしながら”

メンテナンスです。「ひと通りやることやっときたい」な状態から、ひとつの愛を大切に維持していこうとしています。何気ない家事ひとつひとつに幸せを感じています。グッときてしまいました。

さらに続いていきます。
“どうせ生まれてきたからには多くの娘の人生の登場人物になりたい、それがプレイボーイの願い”
「登場人物になりたい」とかいうと自分の存在を誇示したいのかと思ったりしますが、そうではなく純粋に誰かと過ごす幸せな時間を長く持ちたいのだと思います。

“ユウコ、チエちゃん、カオリ、ミキ、マキ、なっちゃん、リカちゃん、サトミ、チサト、そしてマリナ似、僕のことを忘れないでね”

20年前、僕はこの一節を「女々し過ぎるやろ!」と思っていました。けれど、これは自分のことを忘れないでといっているのではありません。自分と同じ時間を過ごした素敵な彼女のことを、その彼女自身に忘れないでと言っているのではないか。僕は今、そう感じています。

“プレイボーイ、悲しい夜は、プレイボーイ、思い出してほしい、プレイボーイ、かつて君に夢中になった男がいることを”
ここまでくると相手に対する感謝の塊ではないでしょうか。「感謝」とか使ってしまうと一気に薄っぺらさが出てきますが、もう何というか、いわゆる「プレイボーイ的な発想」とは対極の発想だと思うのです。

悲しい夜に別れた男のことを思い出して元気出る女の人なんていないんじゃないでしょうか、普通。それでもかつて夢中になった女性の力になりたい、だから自分のことを思い出してっていう的外れ加減。自分のことだと感じてしまう人多いんじゃないでしょうか。

 

寝ます。